111歳の高齢者が亡くなっていた事件
1昨日より、新聞・テレビで大きく報道されています。東京都足立区で、東京都の最高齢者の云われていた方が30年前に亡くなっていた事件について感じたことを記します。 このブログは、こんな時事問題を取り上げることは、そぐわないかもしれませんが、ご容赦ください。
この事件、遺体がミイラ化し、染んだのは30年以上前らしい。そして遺族は、長寿のお祝いの金品を公的機関から授受し続けていたことや、数年前に亡くなった妻の遺族年金などの受領したいたことなどが大きく報道されています。
どこで読んだかの記憶は定かでないのですが、以前に読んだ物の中で、「人が死ねば愛用の品が残る。においが染みつき、ふとした折に生前の姿かたちがたちあがってもくる。その重なりが家の歴史を築いていく」と言った言葉を思い出しました。
こんな家の歴史も、死者をみとり、しっかりと葬儀を行い、家族の死をきちんと受け止めることがあってこそなのだと思います。
「生あるものは、何時か亡くなる」と言った言葉や、「家の歴史」と言ったことも、死を受け止め、今を生きることが出来ていないと成立しないのだと思います。
この家の方は、死者を30年以上、放置し続け生きていたことで、今を生きるために必要な金品を受領したのでしょうが、その家の歴史や人間性みたいなものを捨ててしまったような気がします。こんなことでは生きていく意味がないように感じました。
新聞報道を見てみると、数年前に亡くなった奥様という方は、元教員だったということですが、この奥様も生前既に亡くなっていたと思われる旦那さんを放置していたわけで、奥様のこの間どんな状況で暮らしていたのかは不明ですが、仮にお元気であったときに、旦那さんが亡くなっていたのであれば、奥様の感覚を疑います。とくに教員という職業からすると、人にモノを教え、人の道を教える立場の人間が、死を大事にしないとなれば、世も末だと思うのは、私だけでしょうか。
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