お寺さんもお葬式をことがわからない!
今年の9月に福岡市 浄土真宗本願寺派 那珂組のお寺様の勉強会に、我々FSN九州株式会社の仲間である 福岡草苑 木下株式会社 副社長 木下右二氏が、葬儀についてお話をされました。
現在の葬儀事情や遺族の方が言われているお寺さんに対してのことなどを話をしました。
現在の葬儀は、人が長生きをするようになったことにより、葬儀参列者の減少が顕著になっていることや、通夜と葬儀が同じ内容になってきていること。また、斎場で葬儀を行うことが当たり前になり、寺院と檀家の関係の希薄化により、寺院あっせん業者の出現などが挙げられます。
また、我々葬儀社が、遺族より聞く話や、葬儀社から見たお寺さんの課題などについてもお話をしました。
少し、箇条書きにしますと、
①お布施の意味が理解できない。
②いつも同じ話の法話を行っている。(法話が長い)
③弔辞用語で、「ご冥福天国」と云う言葉を使わない等の説明を突然受けたため、弔辞申し出者が急きょ、弔辞を取りやめた。遺族としては、弔辞申し出者に申し訳ない気持ちになった。
④遺族が、お寺に葬儀の依頼の電話をしたら、電話口でお布施の話をされた。(葬儀社にお布施の話を遺族にさせるお寺さんもいる)
⑤時間に遅れてきて、平然としているお寺さんがある。
⑥遺族の人が、お寺に電話をしたがらない。葬儀社に代行させて葬儀の依頼をする。遺族は、お寺と何を話をすればよいかがわからない。
このような話をしました。この勉強会に参加されたお寺さんは、熱心に話を聞いてもらったようです。まあ、他にもいろいろとあるのでしょうが、総じて云うと、お寺さんと檀家さんの関係が希薄化しているから、両者とも相手の立場や状況がわからないままに、葬儀という場面に遭遇していると言えるのだと感じます。お寺さんはお寺さんで、当たり前と思っていることが、遺族の人たちには、わからないということが理解できない。逆もしかりなのだと思います。
今の現代社会が、生活や家族のあり方が大きく変化しつつある時代だと思います。そのために、我々一人一人がどうあるべきなのかを考えていかねばならない時代です。その中において、信仰心という心の拠所が必要になってくるのではないかと思っています。そのために葬儀社も宗教者と一緒になってある世の中のために何かをせねばならないと思います。
今のままでいけば、どんどん宗教色のない葬儀が増え、宗教の意味や葬儀の意味は形骸化し、形だけのお葬式が増えていきます。葬儀社のそれでも良いかもしれません。形を販売することは出来るから・・・。でも、お金を使うことに意味を持たない消費は、長続きしませんし、消費をしたくないと思うのが消費者心理です。ですから、葬儀社は、宗教者と一緒に行動する必要があるのだと思います。そう言った意味で、葬儀社の遺族とのかかわりをもっと深めねばなりませんし、宗教者も同様なのだと思います。
このように、一緒になって、お寺さんと葬儀社と勉強会をすることは非常に良いことだと思いました。
トラックバック URL :
コメント (0)