2008/10/16 木曜日

生前予約について その2

Filed under: 未分類 — admin @ 22:09:49

10月初旬に、北九州市の葬儀社組合社員向けのセミナーを開催しました。

テーマは、「家族葬」について。 このテーマになった理由は、「家族葬」というニーズが増えてきている。しかしながら、消費者は、家族葬と言えば、費用が「安くなる」と思っている節があるとの我々業界側に困惑について議論したことから始まりました。いろいろと葬儀社の担当者が日頃、葬儀の打ち合わせを行っている中で、遺族の要望などの聞いている中の実態を調査したところ、消費者は、「規模や会葬者が少なければ、葬儀費用は安くなる」との思惑と、葬儀の内容がわからないから、葬儀社ペースの見積もりにならないように、予防線を貼る意味で、家族葬という要望を口にされることが多いようです。しかしながら、実際に本当に家族葬を行っているかというと、この割合はかなり低いようです。実態は、普通をお葬式をしたが、小規模だったというのが実態で、これを家族葬と呼ぶのかどうかは意見の分かれるところのようです。

家族葬については、その定義が不明確であり、小規模葬であっても、顧客や葬儀社が、それを「家族葬」と言えばそれで成立しているのが、現実だと思います。本当にそれでよいのかどうかも意見の分かれるところなのだとは思います。

さて、このセミナーの中で、関心を持った意見は、「最近は、葬式の打ち合わせをするのが難しくなってきた」といベテランの担当者の意見でした。なぜ難しいのかというと、以前は、葬儀の打ち合わせとなると、遺族の人が多数出てきて、ああでもないこうでもないと言いながら話をしていた。その最中に家族の関係やどんな仕事をしているのかなどの家族状況を把握することが出来たが、最近は、打ち合わせに出てくる人が少なくて、家族状況の把握が難しくなった。今は改めまって、家族状況を聞かないといけないことがあるが、顧客側からすると、家族関係や何の仕事をしているかなどを何で葬儀社に話さなくてはならないのかと怪訝な顔をする人もいる。と云うのです。特に「家族葬で!」という要望を口にされる顧客にその傾向が強い。と言ってました。

確かに、「費用を抑えるために、誰も呼ばないつもり」になっている顧客に、家族状況は聞きにくいなあと私も思いました。やっぱり、どんなお葬式をするにせよ、相手の状況や要望がはっきりと掴めないと良い提案は出来ないというどんな商売でも当たり前の真理は、葬式でも成立するなという感想を持った次第です。

また、家族の人が亡くなったばかりの状況で、葬儀社は話をします。顧客側の心理状態は複雑であることを葬儀社は重々承知していますので、慎重に話を進めるのは常識です。しかしながら、そうであるばかりに聞きそびれてしまうことも多いことも事実であり、良い提案をするためには、様々な情報を入手することも必要であります。 そのためには、亡くなってから話をする前に、葬儀社と一度は相談してもうらことが必要なのだと思います。

顧客の立場にたっても、やはり事前に相談した方が、自分のためになると思います。ただ見積もりして安いですよ。割引適用しますよというだけの葬儀社より、いろんなことを話をしてくれて、家族のことを心配してくれる葬儀社の方が、良いお葬式をすることができる選択肢を増やすことになります。
ただ、見積もらって、安いだけでは選択すれば、後から後悔することになるかもしれません。

では、良いお葬式とは何だろう。このことは次回に回します。

2008/10/13 月曜日

お葬式で「幸せ」を感じることもあるのです。

Filed under: 未分類 — admin @ 16:39:13

先般、私の前職の同僚の方から葬儀の仕事の依頼を受けました。亡くなった方は行橋市にお住まいだったので、私の仕事場である北九州市ではありませんので、わたくしどもの組合の仲間である行橋造花店さんをご紹介し、病院のお迎えから葬儀が終わるまでお付き合いさせていただきました。私自身、故人とは面識もあり、まだ現役の方であったため、訃報を聞いたときには、大きなショックを感じました。電話で依頼をしていただいた故人の部下や会社の総務の方とも病院で会いましたが、突然の死だったので皆さん、ショックと悲しみの中にいましたが、何より、ご家族の方の悲しみは、それは言葉で言い表せないほどのものに感じました。受け入れがたい現実の中でただ茫然自失といった感じでした。そのような中で、現実の時間は進んでいきます。葬儀の打ち合わせを行い、葬儀は進んでいきます。故人は、現役で工場長という立場でありましたが、社葬ではなく、個人の葬儀という形式で進みました。しかしながら、故人の会社での仕事ぶりや人柄が伺えるように、会社の方方が葬儀のお手伝いにやってきます。我々葬儀社との打ち合わせもほとんどがこのような会社の人たちと進めてまいりました。通夜・葬儀を通し、個人葬でありながら、大変な弔問者・会葬者があり、ご家族や葬儀をお手伝いした方々のご苦労は、大変なものであったと思います。多数の会葬者の中で、厳粛且つ盛大なお葬式を久々に経験させていただきました。この葬儀を通して、故人の奥様の言動や表情が病院で初めてお会いしたときから、葬儀を終える間に少しづつ変化がありました。最初は、旦那様の死が受け入れられず、茫然としていました。葬儀の準備・納棺・通夜・葬儀という時間の経過とともに、だんだんと夫の死を受けとめ、現実を受け入れるようになっていきました。そして、出棺のときには、会葬者へのご挨拶の中で、「こんな沢山の方に見送られることを感謝します。私は幸せ者だ」という意味合いのことをおっしゃりました。私は、この言葉に一番感動しました。2日後、故人宅を訪問し、葬儀代金の精算を行うときに、私は、この事を奥様にお話をしました。奥様は、「私は変なことを言ったかなと思った。だって葬式なのに、幸せを感じたことはおかしいかなと後から思った。でも、あの時は本当にそう感じた。何故なら、あんなに人が集まるとは思ってもみなかった。そして皆さんに良くしてもらったことを感謝している」というお話をしていました。たぶん、奥様の知らない会社の中の夫の姿を会葬者やお手伝いをしていただいた会社の人たちを通して、垣間見たのであろうと思います。お葬式の本当の姿の一面を見たような気がしました。確かに、お葬式には、形式や格式といったものが必要なのかも知れません。しかしながら、本当に必要なことは、この奥様のように、故人の姿を見つめなおし、それを心刻みこむことなのかも知れません。

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