2008/6/23 月曜日

お布施について 2

Filed under: 未分類 — admin @ 20:55:46

前回の私のお布施について考えについて引き続き、私の知人の寺院の方にお布施について聞きました。

私は、この人にお布施について、葬儀の中で、消費者がよくわからないことと中に「お布施」のことがよくわからない方が多いので、お布施とは何ですかと質問しました。 なかなか、考えさせる意味深な質問ですねえ。と言われました。まあ、こちらの聞きたいことはお答えいただきました。

 まず、辞書で、お布施を見ますと、二つの意味があります。ひとつは、仏教の中での修行の一つの意味です。二つ目は、読経や戒名を僧侶に頂いた謝礼の意味です。

我々のような葬儀業界の関わっている者や一般の方々は、普通、後者の意味でお布施を考えます。

しかしながら、仏教界の方からすると、お布施を前者の意味で考えているようです。

仏教では、仏の位に就くために、六波羅密(ろっぱらみつ)という行をしなければならないと説かれているそうです。その六波羅密(六つの行)の第一の行が「布施行」というそうです。お寺の方曰く、勘違いしているのは、葬儀や布施も死者に対して供養と思っていますが、すべては自分のために行うものということです。供養とはするものでなく、させていただくものであり、自分のためにするものだそうです。ですから、どのくらいのお布施が妥当なのかを考えると、自分の修行ですから、苦しくないとなりませんかねえ。とのことでした。

葬儀を死者に対して供養ではなく、自分のためのものだと考えは、我々FSNの葬儀に対する考えにも通じるものがあるのかなと思います。故人と絆は、自分のものであり、葬儀の施主になる、参列する。様々な立場があるにせよ、葬儀に参加する意味において、故人の供養ではなく、自分のためと思えば、葬儀にも意味が出てくるのだろうと思います。まずは、意味を考えることが必要なことなのであろうと思います。

しかしながら、我々は辞書の中のお布施の意味の僧侶への謝礼という概念を持っています。その中で、修行を考えることは、じっくりと落ち着いて考えないとなかなかできないことではないでしょうか。ましては、突然の家族の死を迎え、準備もなしに、葬儀を施工する中でお布施は、どうしても謝礼の意味で考えがちになるでしょうねえ。

さて、お寺さんも仏教者でもないわれわれがお布施をどのように考えているかは、百も承知で、幾ら支払えばよいかは聞きたいのよねえ。このお寺では、次のように、言われているようです。葬儀の見合った金額(祭壇の金額相応)もしくは、祭壇の費用の半額を目安にしてください。と・・・・。

我々、葬儀業界の人には、わかりやすいですねえ。しかしながら、一般の人には、難しいかもしれませんねえ。何故なら、祭壇の費用の適正金額がわからないといけません。これまた、死を準備をしておかないとわからない。ここら辺は、葬式代の公式をこのブログに書いていますので、参考になさってください。それでもわからない人は、我々の尋ねください。

2008/6/11 水曜日

お布施について

Filed under: 仕事, 閑題 — admin @ 4:04:25

FSN九州株式会社の代理店となっている多くの葬儀社さんが加盟している全日本葬祭業協同組合連合会(全葬連)という団体があります。

この全葬連が、これまでに数回にわたり、財団法人日本消費者協会の協力で、葬儀について消費者に対してアンケート調査を行っております。その中で、葬儀を行う中でわからないことは何かという設問に対して、「お布施」という回答が多いので、今月はお布施について少し書いてみたいと思います。4回に渡って書いてみたいと思います。初回は、私の私見。2回目は、寺院の立場(とはいえ、私の知人のお寺さんの意見)。3回目は、一般的な葬儀社の意見(私の周りの葬儀社が思っていそうなこと)。4回目は、消費者の立場といった感じで書いていきます。

まずは、私の意見。では、始めます。そもそも、お布施が幾らかかるかを葬儀社に聞くことに疑問を感じます。お布施を払うのは、消費者で、もらうのは、お寺の人。それなら、何故直接に聞かないのでしょうか。

お布施にはそれなりに意味やどのように使われるという背景があるから、幾らというものが計算されるものではないのかなと思います。これを知っているのは、お寺を運営している人だけだと思います。ですから、葬儀に従事していれば、お寺との付き合いが深いという理由だけで、お布施のこともわかっていると消費者が想像することは、理解しますが、葬儀社もお寺の運営がどのように行われ、どんなコストがかかっているのかはわからないのが実態だと思います。お寺の運営は、葬儀社よりも檀家のほうが、余程詳しいはずですが・・・。

また、お布施は高いという声をよく聞きます。葬儀社の中には、お布施も葬儀代金と一緒に消費者から預かることもあると聞いたことがあります。これも変なお話だと思いませんか。ごく普通の一般的な商行為として、誰か(消費者)が誰か(お寺)に支払うを行うことを第3者(葬儀社)が代行すれば、そこに第3者の利益が上乗せされるものだと思います。高いと言いながら、わざわざ高くなることを選択して、葬儀社に頼むのはいかがなものでしょうか。まあ、お布施を葬式代と一緒に回収するという葬儀社の態度も問題が多いと思います。それこそ、「人の弱みにつけこんだ」行為と思われても仕方がないのではないでしょうか。それと、高いと思うのは、やっぱりお寺が日常何をしているのかがわかっていないから、どんなコストがかかっているのかを知らないからだと思います。やっぱり、運営そのものをつまびらかにすべきではないでしょうか。昨今よく言われる「情報開示」だと思いますが・・・。

お寺もお寺だと思います。自分の檀家の人が、お布施の値段がわからないと思っている人が多いことに早く気付くべきですが、なかなか言わない。もう少しわかりやすくしてあげるとか、運営の実態を明らかにしていくとかしないといけないのではないでしょうか。そうしないと何時までも経っても、お寺と檀家の間のことを第3者の葬儀社が介在しなければならないことになります。これは、葬儀社に主導権に握らせることになり、両者にとってあまり良いことではないと思います。

こんな風に考えると、お布施については、当事者同士で直接話し合いを行い、両者が納得し、支払う・支払ってもらうということをすべきで、葬儀社が助言することや介在することそのものがおかしいのではないかと思います。私は、お布施が幾らかと聞かれると最初に言うことは、「直接聞いてください。」と答えます。

人の死を弔い、明日への糧とする意味がお葬式にあるのであれば、上辺だけの優しさや便利さを追い求めるのでなく、本質的な意味を考えることが必要なのだと思うのです。葬式をする意味や祭壇はなぜ必要なのか。お寺との付き合いがなぜ必要なのか。
そもそもお寺とは何だ(ずっと昔からあるわけで、意味があるから続いているはずです。)我々が生活している中で当たり前にあることですから、その意味を深く考えずに生活してきたから、わからない。わからないから聞かない。悪循環です。

皆さんもお寺やお布施のことを一度考えて、できればお寺との話し合いをしてみてはいかがでしょうか。何らか答えが見つかるかもしれません。

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