2007/11/22 木曜日

75歳以上の人口が1割を超えたそうです。

Filed under: 閑題 — admin @ 12:51:02

本日の新聞を見ていますと、総務省が発表した11月1日現在の推計人口によると、国内の総人口に占める75歳以上の後期高齢者の割合が10.0%となり、1950年の調査開始以来、初めて1割になったそうです。50年当時は、1.3%の割合だったのが、一貫して上昇し、1割となったとのことです。年代別では、15歳皆んの人口は、昨年10月調査より、15万人減ったそうで、65歳以上だけが93万人も増えたそうです。

本当に、少子高齢化社会、それも超高齢化社会へと進みつつあるのが、現状ですね。高齢化社会では、様々な面において、過去の体験が通用しない社会がやってくるのではないかと思います。特に、「人の死」は、過去においては、家族が亡くなった人を看取り、葬送を行うのが当たり前であったことが、出来なくなる可能性があります。何故なら、亡くなった人も高齢者・葬送する側も高齢者。こうなった場合に、葬式に対する価値観も変わってくると思います。どんな世の中になるのでしょうか。想像すると少し怖いなあと思います。

2007/11/19 月曜日

あなたは大丈夫

Filed under: 仕事, 葬儀 — admin @ 14:09:24

最近は、独居老人の方の孤独死が問題となっています。生活保護などの公的な福祉政策で、支援の充実を問題にしていることが多いですが、死後についての問題も、もっと語られるべきではないでしょうか。

先日、83歳のおばあちゃんが、自宅で急死しました。この方は、離婚をし、子供はいない。親や兄弟とも既に死別しておりました。連絡のある親戚は、遠方にお住まいの従兄弟さんぐらい。警察も身元確認やその後の措置について、従兄弟の方に連絡し、この人が、葬式を出しました。お葬式が終わり、さあ、葬式代を支払う段階になって、問題が発生しました。従兄弟さんは、当初の目論見は、亡くなったおばあちゃんの貯金からお金を引き出し、葬式代に充てるつもりだったのですが、従兄弟さんは、法定相続人ではないので、銀行からの引出ができません。法定相続人でも、相続の手続きを踏まないと本人以外は、お金をおろすことができませんが、相続人がいないおばあちゃんの預貯金は、すべて国庫に帰属することになります。従兄弟さんは、別に、財産が欲しくて葬式出したわけではないのに、どうにかならないかと法律家に相談したのですが、まずは、戸籍調査をし、相続人が本当にいないのかを確認し、相続人がいなければ、国庫に帰属しているおばあちゃんの預貯金から葬式代を出してほしいという申し立てを裁判所に起こすしかないという話になりました。裁判費用は、当然申し立てをする従兄弟さん負担となるわけで、親戚に対する善意が、ものすごい負担となって戻ってくるというお話です。結局、裁判をするにしても結果が出るのは、時間がかかる話ですので、葬儀社には、従兄弟さんが立替払いをしたそうです。

この話とは別で、最近病院からも同様な相談を受けました。身寄りがいない認知症の患者さんを病院が入院を受け入れる場合に、その対価をどのように確保すべきか。この患者さんが、死亡したときに、葬儀社さんの手配はどうすべきか。様々な疑問が病院内部でも検討されているそうです。 

少し前になりますが、「熟年離婚」などという言葉も流行りました。確かに元気な内は、家族から解放され、自由にしたいことをする。悪いことではありません。しかしながら、このおばあちゃんのように、家族がいないと死後の面倒を見る人がいないのは、困りものです。ましては、御親戚の方に迷惑をかけるようなことがあってはいけない話です。ご高齢者の方には、言いにくい話なのですが、あなたは大丈夫?と問いかけをしてみたいですね。

誰かが何とかしてくれるではなく、自分で何とかしておかないと、周りが迷惑する話です。

また、家族がいれば、どうにかなる話なのですが、離婚者数の増加や、子供数の減少は、家庭が少しづつ壊れている社会を写し出しています。今は、それで良いかもしれないが、遠い将来を見据えていろいろと考えてもらいたいですね。何故なら、「人は一人では生きていけない」のですから・・・。

2007/11/10 土曜日

変わりゆく葬儀業界 その2

Filed under: 葬儀 — admin @ 12:42:33

前回、ニュースになった葬儀業界のお話をしました。

ニュースの内容は、業界が消費者から一般的(どの業界についても云えること)に求められている説明やわかりやすさなどについての業界の取組や消費者側が気をつけねばならないことを報道されていました。

しかしながら、消費者の皆さんが本質的にお葬式をすることに何を求められているのかを提議はありませんでした。このお葬式に何をもとめれるかが、本来もう少し語られるべき話ではないでしょうか。

「お葬式は高い」・「お葬式はこうせねばならない」と云ったような、お金や形にこだわらずに、何故するのか?

どんな風にすれば自分の家らしいのかをもっと話をするべきであろうと思います。業界側としても、お金や式の進め方などの形をどうこう言う前に、消費者がどんなふうにしたいのかをどんな風にしたら、その家にとって一番良いのかを考えるために、顧客からの情報を引き出すことに努力すべきではないかと考えます。

特にFSN九州のシステムは、価格的な透明性を持っています。反対にいえば、消費者からこの価格でこの祭壇でしたいと言えば、お葬式の形が整う仕組みです。お葬式の打ち合わせにしても、簡単に済みます。何故、このようなシステムを採用しているのかは、お葬式の形をどうこうする話をなるべく短くして、顧客の考えていることや気持ちを汲み取るために、時間を割くためにシステムを採用していることを考えるべきであろうと思います。そうして、システムの中でできることや、システムの範疇に無いが、対応可能なこと(当然価格に反映します)を、明確に伝え、顧客満足を買うことに専念すべきであろうと思います。

消費者も、お金や形にこだわらず、何をしたいのか。悔いの残らないことは何か。をもっと考えながら葬儀社との話をすべきではないでしょうか。

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