2007/6/24 日曜日

古くて新しいこと

Filed under: 日記 — admin @ 11:59:19

皆さん、こんにちわ 神田です。

さて、今回は、葬儀とは少し離れた話題をお話します。とは言っても、最終的には葬儀に関ってくるのですが・・・。

私の皆さんにこのブログを通して、いろんな話をしていきたいと思っております。葬儀のことも当然なのですが、葬儀を考えることは、『ヒトの死』を考えねばならず、そんな話題にお話をしたいと思っています。そして、IT技術という我々がほんの10数年前で無かった技術により、様々な情報を手軽に得られたり、発信を行えるようになった時代が来ました。そこで、時々思うことは、昔(と言っても20年ぐらい前、私がまだ子供だったころ)を思い出すと、近所でお葬式があると、必ずその自宅や近所のお寺で行っていた時代です。そのころは、お葬式は、近所のおじさんやおばさんが全員で手伝いをし、大体葬式は、こんな風に進めるものといったことが、みんなわかっていたものです。葬儀屋の息子であった私も葬儀が終われば、祭壇の片付けやらなにやら、荷物運びを手伝わされた身で、子供ながらに、この近所の葬儀屋が葬式を行っているというよりも、みんなでやっていたような感じを持っていました。

でも、最近は、そうではありません。みんな、葬式のことがわからないから、葬儀屋さんに何でも聞かないとわからない時代となっています。

よくよく考えると、ヒトは、忘れ、死んでいく生き物です。だからこそ、我々は、大昔から何とか記録を残そうとして文字や紙を発明して、様々な書物などを生んできたのではないでしょうか。

最近は、これらの書物に加えて、ITという情報技術が発達し、誰もが情報の詰まったネットワークの中で、自分の頭の中にはない情報を共有出来るようになりました。従来の書物などの情報流通では、一生涯巡り合うことも出来なかったヒトや情報に触れることが出来、手軽さや豊かさを実感できるようになってきたように思うのです。

 今、我々が、『ヒトの死』という古くて新しい問題に取り組みにあたり、従来のようなやり方や認識では通用しない状況にあります。

例えば、少子高齢化社会・独居老人・孤独死・自殺者の増加。これらのことは、いろんな知恵やいろんなアイデアをもっとみんなで共有し、対処していかねばならないことではありでしょうか。

このブログも同じだと、思います。お葬式のことやヒトの死という、昔からヒトが行ってきた営みが、当たり前であり過ぎて、情報の引継ぎが出来ていないために、わからない状況にある。そして、IT技術の活用することで、この引継ぎを行なわねばならない時代の要請があるのではないか。

どんどん、皆さん方と情報を交換しながら、よりよりサイトへとしていきたいと思います。

2007/6/18 月曜日

葬儀のわからないこと その3

Filed under: 葬儀, 葬儀代金 — admin @ 21:45:38

さて、葬儀のわからないことの3回目です。

葬儀のわからないことを2回続けてお話しました。3回目は、皆さん自身や皆さん方の家族の葬儀をどうすべきかについてです。

お葬式をすることは、どうしてもお金がかかります。3回目のわからないの本質的な答えは、お金を満足することに使うことで解決するのであろうと思います。 もっとわかりやすい例えをすると、私もそうですが、やりたくないことにお金がかかるとすると、どんな小額のお金であろうともったいないと感じるのではないでしょう。

お葬式は、必ず通らねばならない道だという前提があるとすれば、『ああ やってよかったなあ』と思うようなお葬式をすることで、問題は、解決するのであろうと思います。我々が認識として、同じお葬式はどれひとつ無いというものがあります。それは、『ああ、やってよかったなあ』と思われることが、それぞれ違いからであるとも言えます。皆さん方の考える内容に見合う葬式代であれば、満足していただけるのではないでしょうか。

 ひとつの事例をお話します。少し極端な例ですので、ご容赦ください。

私と2年前に生前契約を結んだお爺さんのお話です。このお爺さんは、奥様が10数年前にお亡くなりになり、その後は一人で生活をしておりました。また、子どももいない。また、ご自分の親兄弟は、全員、このお爺ちゃんより先に亡くなり、天涯孤独と自分で思っていたようで、自分が死んだときはどうしようどうしようといつも近所の人に言っていたそうです。そんなときに、このお爺ちゃんに私を紹介した方がいて、話が始ります。

私は、最初に死んだときに困ることは何ですかと尋ねました。お爺ちゃんは、『祭壇などは必要ない。親族は誰もいないから。ただ、心配は、火葬した後の自分の骨をお墓に入れて欲しいがそれを頼める人がいない』との話でした。

私は、福岡県北九州市の人間で当然、仕事もその地域で行っています。このお爺ちゃんの話を聞いたときにも、最初は、お墓は北九州市内にあるのであろうと思っていました。私の仕事は、お爺ちゃんが亡くなったら病院にいき、遺体を引き取ること。死亡後24時間は、火葬が出来ないので、その間遺体の安置場所をどこにするのか。火葬したら、収骨して、骨壷に引き取り、お墓の場所を教えていただければ、納骨までは、仕事として引き受けますよと提案しました。(他にも様々な決め事をしなければならず、それを理解してもらうのにはものすごい時間がかかりましたが、ここでは省略します。)

そして、お墓の場所を聞いてみると、鹿児島県の薩摩半島の南端の村落にあるお墓に入れて欲しいとのことで、これを聞いたときに、私の正直困り果てました。鹿児島県まで行く時間と労力をどのように費用に転化すればよいか事例もなく、そんな費用を算出した基準もなかったものですから、『納骨まで引き受ける』といった手前。困ったなあと感じたのです。

いろいろと考えた末に、ある費用計算の基準を元を、鹿児島まで往復する費用を計算し、お葬式費用と合わせて提示を行いました。鹿児島県までの往復費用とお葬式費用がほぼ同額という価格提示を行いました。このお爺ちゃんは、私の提示した価格に対して、何も高いとか安いとは言わず、ただ一言『これで間違いなく鹿児島まで、お骨を持っていってくれるのか』と尋ねました。私は、『はい』と答え、契約を行いました。費用の支払は、当然仕事をした後なので、お爺ちゃんには遺言書を作成してもらい、お爺ちゃんが信頼できる方に、財産の継承と私の行う仕事を確認をしてもらい、お爺ちゃんから継承した財産の中から私に対して費用の支払をしてもらうという仕組みを構築しました。

2年たち、このお爺ちゃんが今年4月に亡くなりました。最後は、老人施設に入所されていたようで、この施設内でも、『自分が死んだら、神田さんという人に連絡を取ってくれたら、後始末をしてくる』とくどいように施設の人に言っていたようです。この施設の人や財産を継承された方から、『自分は何時死んでも後のことを心配しなくても良いから安心だ』と言っていたと聞かされたときは、本当にお役に立てたと心の底から思える仕事が出来たと感じました。

 このように、私は最初に感じた鹿児島までのお骨を持っていくという費用を算出したものが私の価値観からすると非常に高いと思いましたが、このお爺ちゃんにとっては、決して高く感じなかったことが今回の答えです。お爺ちゃんからすると、自分の不安だったことから『開放』されたことに対しての価値が十分にあったということです。

皆さんも、お金が幾らかかるかを心配されることよりも、お葬式で何を行うかを先に考えることをお勧めします。そうすることで、お葬式をすることに、意味が出るのではないでしょうか。

2007/6/15 金曜日

葬儀のわからないこと その2

Filed under: 葬儀 — admin @ 20:12:52

では、前回の葬儀わかないことの1回目に続きまして2回目をお話します。

FSN九州の簡単なご紹介をさせていただいたときに、お話した3つのわからないことのうち、2つ目の葬儀の内容がわからないことについてです。

皆さんは、お葬式をするといったときに何をするのかが思い当たりますか。以前に、『いざというときに困らないために』といった演目で講演をしたときに、一般の方に同様の質問をさせていただいたところ、大体次の通りでした。

①通夜・葬儀のために祭壇を作る②棺を選ぶ③霊柩車を選ぶ④斎場を選ぶ

順序は別として、これで葬儀は出来ると思っていらっしゃるようです。答えとしては、間違ってはいませんが、これだけでは、お葬式は成立しないものなのです。皆さん方の答えの内容は、例えて言うとお葬式を行うためのハードウェアだと言えると思います。(私見的な言い方で反発もあろうかと思いますが、ご容赦のほど) パソコンでも同じですが、ハードウェアは、ソフトウェアがないとうまく動きません。それと同じでお葬式もハードウェアだけでは、成り立たないものです。

 ですから、葬儀のソフトウェアは何か。これがこのわからないこともテーマです。

お葬式を時系列でお話をしますと、亡くなる時を看取る→葬儀社が病院に来て自宅(または斎場)に戻る→安置する→納棺する→通夜・葬儀を行う→火葬を行う→収骨を行う→初七日法要を行う→親族で会食を行う(精進あげまたは精進おとし)。これだけを行ってお葬式を行ったと言えます。皆さん方の答えは、この中の部分的なことであることが理解いただけるのではないでしょうか。

 さて、お葬式をこの一連のことを行って初めて『お葬式を行った』と考えると、お葬式はプロセスが重要であると言い換えることが出来ると思います。このプロセスこそが、お葬式のソフトウェアであると言えます。プロセスが大事な理由は、プロセスの中で皆さんが亡くなった家族の方との別れという悲しみや様々な感情を、ひとつひとつのプロセスをくぐることによって、癒しや感情の区切りといったものを行うためのものなのではないかと思います。我々も皆さん方のお葬式のお手伝いをさせていただく中で感じることですが、最初は、いろんな意味で葬儀社の人間と話をするのがぎこちなかったものが、それぞれのプロセスを行う毎に、そのぎこちなさがなくなることを感じることは多々あります。このように、残されたご家族の方の感情がだんだんと変化し、悲しみが明日からの家族仲良く頑張って生きていこうという励みに変わることが、お葬式を行う意味合いなのではないかと思います。

では、皆さん方は、でもお葬式ってどれも同じじゃないの?と質問されるかも知れません。確かにハードウェアは、同じものを利用するかも知れませんが、ソフトウェアは、それぞれ違うものです。またまたパソコンを例にあげますが、同じソフトウェアでもハードウェアが違えば、同じスピードで処理できない場合があります。よくいう『このパソコンは遅いとか早い』というやつです。また、同じハードウェアで違うソフトウェアを動かせば、処理速度の違いも出てきます。お葬式もこれと同じで、同じようなハードウェアでも、ソフトが違えば、違う葬式となります。

ですから、皆さん方が、お葬式を考えるときには、お葬式のプロセスを行い、そこにどんな気持ちや想いがあるのかを考えることではないかと思います。お葬式は、お金をかけて大きな(派手な)お葬式をするや、こじんまりと少ない費用で行うことを重視して考えるよりも、優先事項が高いことは、懇ろに弔う気持ちだと思います。この気持ちを大事にしているお葬式こそ立派なお葬式であろうと思います。

ひとつの事例ですが、昨日、FSN九州の福岡市の代理店 福岡草苑の高崎氏と話をしました。この方はこんな話をされました。お葬式の中で、亡くなった方にお孫さんがいたら、なるべく作文を書いてもらうそうです。これをお葬式の中で使うと使わないとかは別問題として、このお孫さんが、書くことにより、いろんな故人との思い出を頭の中で考えてもらうことで記憶に残すことが出来ると考えているそうです。そうすることにより、今度、このお孫さんが自分の親のお葬式を出すときにも、何をすればよいかを少しでも記憶に残っているだろうし、意味が伝わるのではないかというお話をされていました。私も同感です。我々FSN九州が大事にしているものの一端が見えるお話だと思いました。

少し長くなりました。この話題だけでも、まだまだお話することが多々あると思いますが、それはまた別の機会に・・・。

2007/6/10 日曜日

葬儀についてわからないこと その1

Filed under: 葬儀, 葬儀代金 — admin @ 15:02:26

皆さん こんにちわ 神田です。

さて、前回葬儀についてFSN九州について少しお話をしました。皆さんにとって、この会社の魅力が何かがよくわからないかなあと思い、葬儀についての大きく分けて3つの『わからない』ことをお話しました。

本日は、その1つ目についてお話をします。FSN九州では、九州一円の斎場で統一した価格を提供します。しかし、その価格が自分たちにとって、安いか高いかが目安となる基準値がよくわからないからであろうと思います。

では、葬儀費用は幾らかかるのか。どの位が相場なのか。皆さん方が一番気になることでしょうね。でも、答えを導くのは、長いお話になります。

すごく単純に言うと、葬儀費用は、その葬儀に参列する人の数や親族の人数などにより、比例するものであります。ですから、私どもが、よく受ける質問で、『葬儀には幾らかかるのか』というのがあります。その答えとして、どこの葬儀社でも、『普通は、○○万円位です。』といった回答をするとは思います。ここで、皆さん方が注意しなければならないのは、それぞれの葬儀社が言っている『普通は・・・』の普通の意味は、その葬儀社が今まで施工した平均値(感覚)的な意味であることです。この普通が、皆さん方の家族のお葬式にとって、安いと感じるか、高いと感じるかは、皆さん方が考えている葬儀に参列する人の数や親族の人数などによって決まる葬儀の規模によって違いが出るものなのです。このことは、ある意味において、葬儀がややこしい、不透明なものとなっている要因でもありますし、葬儀社の過去に主張していないものですから、一般的に葬儀費用は不透明と言われるものなのです。

では、FSN九州の統一価格は、高いのか安いのか答えを出しますと、FSN九州では、消費者生活センターなどが調査して葬儀費用の各地区の平均値やFSN九州に参加している葬儀社の葬儀平均売上値などの情報を元に、市場にて競争力のある価格設定を行っております。しかし、私どものパンフレットなどにも、価格は幾らと書いていますが、どの位の人数に最適なのかが示されておりませんので、非常にわかりにくくなっています。ここら辺は我々の改善点なのだろうと思います。まずは、皆さん方が、自分の最適な葬儀の内容や費用がお知りになりたい場合は、どの位の人が来るのかをある程度把握され、葬儀社に相談されるのが一番良いことだと思います。 また、葬儀費用が、人数によって比例するということから、ある程度算術できるはずですが、このお話はまた別の機会にお話をします。

次は、わからないことも二つ目をお話します。 ではまた。

2007/6/7 木曜日

FSN九州とは、

Filed under: 仕事 — admin @ 14:00:38

ご挨拶に引き続き、FSN九州という会社を紹介します。

基本的になじみのないない名前ですので、会社の出発からお話をします。とはいえ、こういう私の会社発起人ではありませんので、本当のことはわかりませんが、私の私見が混じっていることはあしからず。

どんな仕組みの会社なのかを端的に言うと、九州で斎場を持っている各地の葬儀社が、ひとつの葬儀に対する考え方の基に、価格的な統一を試みた会社であります。つまり、この会社の傘下にある葬儀社では、どこでも同じ価格で葬儀が出来るというわけです。

 例えば、鹿児島市の出身の方が、福岡市で働いている人で、親は鹿児島にお住まいの家族がいるとします。今まででしたら、鹿児島市に戻って葬儀社を探さねばならない状況ですが、このFSN九州では、福岡市にいて、FSN九州の福岡県の窓口と葬儀の相談を行い、鹿児島の葬儀社の紹介を受けることが出来るという仕組みです。 FSN九州は、このような仕組みを企業と契約を結ぶことで、契約先企業の社員さんが、安心して利用できる葬儀社の紹介を行うシステムを構築しているのです。

なんとなく、便利なような便利でないようなわからないお話だと思います。よくわからないのには、3つぐらい理由があると思います。

一つ目は、価格を統一しているとはいえ、皆さん方から考えた場合に、実際葬儀費用の相場がよくわからないので統一した価格がメリットのあるものかどうかの目安がわからない。

二つ目は、葬儀は、通夜・葬儀という流れはあることは理解するが、一体何をしなければならないか。どんなことをしなければならないかの葬儀の仕様がわからないので、統一した価格の中身が理解できない。

三つ目が、自分や自分の家族の葬儀は、どんな仕様でどの位の費用を掛けたらよいかの判断がつかない。

他にもあろうとは思いますが、大まかに言って、この3つは大体の人に当てはまるものと思います。

この三つについて、それぞれに次回よりお話をします。それではまた。

2007/6/5 火曜日

ご挨拶

Filed under: 未分類 — admin @ 14:14:01

このたび、私どもFSN九州がブログサイトを立ち上げました。
このブログの運営を行う神田と申します。ブログ運営開始にあたり、ご挨拶と主旨をお話させてもらいます。

お葬式は、我々が普通に生きている中において、必ずや避けて通れない儀式であります。しかしながら、普通に生活している中では、お葬式を体験することも少なく、また自分や家族の死を考えることなど、不謹慎なもののように感じて、普段から考えるようなことはありません。そして、家族の人が亡くなったら、葬儀社に連絡をし、慌しく葬儀を執り行う。そして、葬儀が終われば、ホッとする。そんな感じなのであろうと思います。これが普通に生きている人なのだろうと思います。
我々は、葬祭業を営む者の集団です。いろんなお葬式のお手伝いをさせていただいております。
お葬式は、セレモニーとしての式の流れはある程度決まっているものでもありますが、ある意味においていろんなお葬式があります。また、どれ1つとっても同じお葬式と言うものはありません。セレモニーの流れが決まっているのに、何故同じお葬式がないのか?疑問に思われる方もいらっしゃると思います。この疑問について、この九州のお葬式では、語り合いたいと思っています。そして、じゃあ、自分や自分の家族はどうすれば良いのか? こんな疑問にもそれぞれの答えを考えてもらえるようなブログにしていきたいと思います。 本日より公開です。皆様方、末永くよろしくお願いします。

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