古くて新しいこと
皆さん、こんにちわ 神田です。
さて、今回は、葬儀とは少し離れた話題をお話します。とは言っても、最終的には葬儀に関ってくるのですが・・・。
私の皆さんにこのブログを通して、いろんな話をしていきたいと思っております。葬儀のことも当然なのですが、葬儀を考えることは、『ヒトの死』を考えねばならず、そんな話題にお話をしたいと思っています。そして、IT技術という我々がほんの10数年前で無かった技術により、様々な情報を手軽に得られたり、発信を行えるようになった時代が来ました。そこで、時々思うことは、昔(と言っても20年ぐらい前、私がまだ子供だったころ)を思い出すと、近所でお葬式があると、必ずその自宅や近所のお寺で行っていた時代です。そのころは、お葬式は、近所のおじさんやおばさんが全員で手伝いをし、大体葬式は、こんな風に進めるものといったことが、みんなわかっていたものです。葬儀屋の息子であった私も葬儀が終われば、祭壇の片付けやらなにやら、荷物運びを手伝わされた身で、子供ながらに、この近所の葬儀屋が葬式を行っているというよりも、みんなでやっていたような感じを持っていました。
でも、最近は、そうではありません。みんな、葬式のことがわからないから、葬儀屋さんに何でも聞かないとわからない時代となっています。
よくよく考えると、ヒトは、忘れ、死んでいく生き物です。だからこそ、我々は、大昔から何とか記録を残そうとして文字や紙を発明して、様々な書物などを生んできたのではないでしょうか。
最近は、これらの書物に加えて、ITという情報技術が発達し、誰もが情報の詰まったネットワークの中で、自分の頭の中にはない情報を共有出来るようになりました。従来の書物などの情報流通では、一生涯巡り合うことも出来なかったヒトや情報に触れることが出来、手軽さや豊かさを実感できるようになってきたように思うのです。
今、我々が、『ヒトの死』という古くて新しい問題に取り組みにあたり、従来のようなやり方や認識では通用しない状況にあります。
例えば、少子高齢化社会・独居老人・孤独死・自殺者の増加。これらのことは、いろんな知恵やいろんなアイデアをもっとみんなで共有し、対処していかねばならないことではありでしょうか。
このブログも同じだと、思います。お葬式のことやヒトの死という、昔からヒトが行ってきた営みが、当たり前であり過ぎて、情報の引継ぎが出来ていないために、わからない状況にある。そして、IT技術の活用することで、この引継ぎを行なわねばならない時代の要請があるのではないか。
どんどん、皆さん方と情報を交換しながら、よりよりサイトへとしていきたいと思います。
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